使命感や責任感を持って仕事に取り組んでいた人が、突然火が消えるように意欲が低下することを「燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)」と呼びます。スポーツ選手のように何かをやり切って燃え尽きる場合もありますが、介護や福祉の業界では無力感から燃え尽きてしまうリスクが高いと言われています。実体験をもとに、燃え尽き症候群の原因や後遺症を報告します。
燃え尽き症候群とは
燃え尽き症候群は、臨床現場で活躍したアメリカの精神科医・心理学者であるハーバート・フロイデンバーガーが提唱した概念です。「過度な心的エネルギーが要求されるにもかかわらず、努力しただけの結果が得られないことがストレスとなり、機能不全行動に陥る状態」と定義されています。
燃え尽き症候群は緩やかに進行し、徐々にうつ状態・意欲の減退・ストレス性の身体症状・感情の枯渇・自己嫌悪・思いやりの喪失など、さまざまな兆候が現われてきます。重篤になると「仕事が手に付かない」、「出勤したくない」、「死にたい」など、極度な精神状態の悪化を生じる場合もあります。医療関係者や教師などにあらわれる「極度の疲労と感情枯渇の状態」として注目されていましたが、いまや介護や福祉の現場にも波及しています。
燃え尽き症候群の実体験
筆者はかつて離島の公立特別養護老人ホームの介護支援専門員として勤務していました。実務経験は10年を超え、これまでも数多くの困難事例に関わってきましたが、ある事件をきっかけに仕事に対する情熱を失うことになりました。
医療・福祉の利用を拒む夫と、ひとりで介護する嫁
ある日、居宅介護支援事業所から「地域に老々介護の世帯がいるが、唯一の介護者である嫁が腰椎椎間板ヘルニアのため夫の介護ができなくなった。嫁が入院期間中、介護が必要な夫に貴施設のショートステイを利用させたいが、本人が拒否するため困っている」という相談を受けました。
お宅を訪問すると、夫(仮にA氏とします)は、数年前から全身が硬直し、右足が壊死する原因不明の病気にかかっているとのことでした。本来は入院治療が必要な状態でしたが、A氏の気性が荒く病院とトラブルを起こしたため強制的に退院。施設入所も拒むため、訪問診察を利用しながら嫁がひとりで介護しているとのことでした。
“招かざる客”を拒む看護・介護スタッフ
A氏にショートステイの利用を勧めたものの、「家から離れたくない」と了承しません。しかし現状を見ると共倒れすることは明らかです。「このままでは奥さんが倒れてしまい、ずっと家に戻ることができなくなる」と説得を繰り返し、何とかA氏の了承を得ることができました。
施設のスタッフにA氏がショートステイを利用することを伝えると、「A氏の頑固さは地域でも有名だ」「何かと要求が多いと聞いている」と、多くの介護職員や看護師が利用を反対する声を上げました。中には「介護をするスタッフの大変さを理解していない」など厳しい声も寄せられます。しかし介護者不在のまま自宅で生活させることはできません。「A氏の介護については私も行う」という約束を介護職員に取り付けてA氏のショートステイ利用にこぎつけることができました。
主治医の変更による意見の相違に板挟み
二週間ほどショートステイを利用する予定でしたが、嫁の容態が悪く介護の継続が困難であることが判明しました。訪問診察を担当していた主治医は「私が診ていくので在宅生活を続けさせたい」と主張しましたが、医師一人頑張ったところで日常の介護はままなりません。嫁と協議のうえ長期入所に切り替えることになりました。
主治医が訪問診察を担当していた医師から施設の嘱託医に変更されると新しい問題が起こりました。「こんな腐った足の人を何故入院させないんだ。施設で亡くなりでもしたら自分の責任になる」と、嘱託医はA氏が入院に承諾するよう、説得を私に求めてきました。足の壊死は進行していましたが、本人がかたくなに入院を拒むため、何日もA氏のもとを訪れてコミュニケーションを重ねることで、ようやくA氏の同意を得ることができました。
入院搬送中に心肺停止
離島のため、2時間以上かけて対岸の街の病院まで施設のワゴン車で搬送します。真冬のためフェリーの欠航が続き、予定より3日遅れの出発となりました。病院には親戚が待機しているといいます。本来は看護師が同伴する予定でしたが、2人いるうち一人(A氏の利用に反対していた)が休みだったため、私と事務員二人による搬送となりました。
搬送中、A氏は眠ってしまったようでした。病院に近づき、事務員が起こそうとするとA氏が息をしていないことが判明。病院に到着し、救急外来で蘇生が行われましたが、意識が戻ることはありませんでした。事情を理解していない親戚たちから「入院と聞いたのに、なぜ亡くなった」「なぜここまで放っておいた」「なぜ看護師は同行していない」など罵声を浴びせられ、遺体となったA氏をワゴン車に乗せて施設に戻ることになりました。
頑張ったものがバカを見る
A氏の葬儀に参列していた元主治医から「私は在宅で診ていきたいと言っていたのに、今度は入院させようとするなんて!」と言われたときに、これまで張りつめていた気持ちが切れる音が聞こえました。
老々介護で共倒れする危険を感じ、「私が入浴介助を行う」という約束までして渋る介護職員を説得。本来医師が行うべき入院の承諾を得るために、私が何度もA氏のもとを訪れ、自ら病院に連れて行った。それにも関わらず送迎車の中で亡くなり、それをまわりに非難される。「何もしなかった人は責められないのに、誰かのために働いたものが何故責められるのだ」と思った瞬間、この仕事を続けていく気力が尽きました。
燃え尽き症候群の後遺症
この出来事の後、「何もやらない方がダメージを受けずに済む」という感情が生まれました。相談を受けても親身になれず、「面倒な話など聞きたくない」と思うようになり、入所者の尊厳を尊重していない職員を見ても「一般的な扱いができない人を収容する施設なのだから、特別な対応であっても仕方がない」と考えるようになりました。そのような状態に嫌気がさして1年後に退職しましたが、本来の心を取り戻すまでに相当な時間がかかってしまいました。
燃え尽き症候群の回復には環境の変化と時間が必要
燃え尽き症候群の解決策として、「趣味に打ち込む」、「終わったことは忘れる」などの方法が本やSNSに書かれていますが、重度な燃え尽き症候群の場合、気晴らし程度で回復することは困難です。「これ以上は無理」と感じたときは上司に相談したうえで、継続が難しい場合は部署を変更したり、退職して新しい仕事に就くなど、リセットすることが必要です。仕事のために人生があるのではなく、人生を送るために仕事があります。「辛い」と感じたときは我慢して続けず、投げ出してみましょう。一人で頑張る姿に気づいて、手を差し伸べる人が現れるかも知れませんよ。