地域ケアシステムが推進される中、年齢や障害の有無で利用者を区別せず、乳幼児から高齢者まで利用できる「富山型デイサービス」が全国に波及しています。中でも北海道・江別市の「地域共生ホームてまりの華」は、「富山型以上に共生が進んでいる」と言われ、多くの関係者が注目しています。開設までのプロセスと現状を取材しました。
富山型デイサービスとは
1995年に惣万佳代子さん、西村和美さんら看護師3人が中心となり、利用者が限定されていたデイサービスに地域共生を取り入れ、高齢者から児童まで年代を問わず通所できる民間デイサービス「このゆびとまれ」が富山市に開設しました。惣万さんたちが病院に勤務していた時に、退院許可が出た高齢者が「家に帰りたい」と泣いている場面に幾度も遭遇したことが開設の契機になったと言います。これまでの縦割りの福祉にはない柔軟なサービスは「富山型デイサービス」と呼ばれ、全国から注目されています。
現在、全国1000か所以上で富山型デイサービスが実施されていると言われています。その中でも北海道・江別市の「地域共生ホームてまりの華」は、「富山型以上に共生が進んでいる」と言わしめるほど。しかし、そこにたどり着くまでの道のりは平たんではなかったと言います。事業所を運営する渡邊 譲氏に話を伺いました。
前例のない認可に障壁が山積
「地域共生ホームてまりの華」がある江別市は、人口約12万人の都市です。農業や工業を基幹産業としながら、札幌のベッドタウンとして発展してきました。高齢化率は道内179市町村中161位と低いものの、少子高齢化による空き家が目立つようになっています。「てまりの華」は、古くからの住宅街に立地し、一般住宅がそのまま利用されています。同ホームを開設した理由を、次のように語ってくれました。
「社会には赤ちゃんから高齢者までさまざまな人がいるにも関わらず、なぜデイサービスは同じ人を同じくくりで集めているのだろうと疑問に思っていました。数年前から誰もが集える場所を作りたいと考えていましたが、そうした取り組みを行っている事業所が北海道には、ほとんどないため、参考とする事例がありませんでした」
開設のイメージが付かず悶々としていた時、本州から遊びに来た後輩に「赤ちゃんでも、障害者でも、高齢でも来ることができる居場所作りをやりたいんだ」と話したところ、「それなら富山でやってますよ」と教えられ、富山型デイサービスの存在を知りました。共同経営者である妻の紀子氏が富山に視察に行き、「あんなのは初めて見た」と衝撃を受けて帰ってきたことから、富山型デイサービスを目指す決心を固めました。
しかし当時は北海道の行政に共生型、富山型は全く浸透しておらず「高齢者と児童が共生したデイサービスなど無理だ」と、理解が得られませんでした。何十回も道庁の担当者のもとを訪れるものの期待した返答が得られないため、富山県と県社会福祉協議会が主催する「富山型デイサービス起業家講座」を受講し、資料をもとに詳しい説明を繰り返すことで道の担当者の心を動かしていきました。
全国初の高齢者・児童同居型デイサービスの誕生
道が理解を示し始める一方で、市が行く手を塞ぎます。富山型デイサービスは「基準該当サービス」が適応されます。一般住宅を利用する場合、最初に介護保険の指定を取り、その中で児童発達支援・放課後等デイサービスを案分します。例えば10人の定員であれば高齢者4人、児童6人の比率で通所することが可能になります。
基準該当サービスは、地域にそれに代わるサービスがないときに代替えされるものであることから、市は児童発達支援・放課後等デイサービスは、すでに飽和状態にあることを理由に、認可しませんでした。そこで渡邊氏は、二階建て住宅の一階を高齢者のデイサービス、二階を児童のデイサービスとして認可を受けると言う大胆な提案を行います。膨大な資料を提出することで道は基準緩和を認め、2016年4月に富山県でも行われていない形態の地域共生ホームが誕生しました。
少年と高齢者の触れ合いで利用者ゼロから脱却
念願の富山型デイサービスを開設したものの、「富山型」や「共生型」という概念が地域のケアマネジャーなどに理解されず、高齢者・児童ともに利用者ゼロの状況が続きました。もうひとつの小規模型デイサービスが黒字経営だったため、職員の給与などは何とか確保できていたものの、「数か月間利用者がとても少ない状況には、若干焦りを感じていた」と言います。
そんな状況を、ひとりの少年が変えてくれました。自閉症と診断されたその少年は、通所当初、泣くことと叫ぶこと、自傷行為を繰り返したりしていました。てまりの華に来るまでも、児童発達支援で療育プログラムが実施されていたものの、コミュニケーションができないと理解できません。「子どもだけだとイジメが起こることがありますが、ここには優しく見守り、時には愛情を持って叱ってくれる高齢者がいます。そんな環境の中で子供たちは障害の有無にかかわらず素直に育っています」。
自閉症と診断された少年は、高齢者とかかわることでコミュニケーション能力を身に付け、感情を豊かにし、自分で考えて行動できるようになりました。高齢者にも変化が見られます。「デイサービスなど子供っぽい」と他の通所を拒んでいた男性が、子供たちの面倒を見ることに責任を感じ、自主的に利用し始めたといいます。相互効果が話題になり、開業から半年を過ぎたときに、地元のテレビ局の取材受けることになります。高齢者と児童が生き生きしている姿が反響を呼び、少しずつ利用者が増加。開設から1年後には、どちらも定員を満たし、黒字経営として軌道に乗せることができました。
地域に支えられたからこそ成功した
手ごろな物件を探していたところ、偶然にも売り出された渡邊氏の自宅の隣の一般住宅が「てまりの華」として使用されています。「住民が経営者、古くからある家がデイサービスであることが、地域に違和感なく受け入れられた要因」と言います。住民の反対により保育園の建設が頓挫する地域がある中、渡邊氏のもとには地域から家や土地を貸し出したいという声が寄せられています。公園などで遊ぶ子供の声に耳を傾け、「昔は多くの子供たちが遊んでいた」と活気があった時代を懐かしむ人も多く、七夕やハロウィンなどで地域の家をまわると高齢者の住民の方々は喜んでお菓子を差し出してくれるなど、地域ぐるみで子供たちを育んでいます。
フランチャイズにしたら儲かると言う話もありますが、「そのつもりは全くありません」と言い切ります。「自分でやってみたいと言う人には立ち上げや開設の手続きの方法を教えますが、自分が住んでもいない地域で共生型を始めようと思いませんし、ノウハウだけを売ろうと思いません」と強調したうえで、「ノウハウなんて言ったって、やってみたら上手くいったと言うだけのことですから」と笑い飛ばしました。
生活の中に共生がある
「まるでお正月に親戚一同が集まっているようだ」。筆者が「てまりの華」を訪れたときの第一印象です。高齢者と子どもが違和感なく同じ空間にいることに驚きとともに、居心地の良さを感じました。同じ家に高齢者と子どもを集めただけで、自然に交流するわけではありません。調理や畑仕事など一つの作業を一緒に行うなど、ともに協力し合う仕組みを仕掛けることで、徐々に孫と祖父母のような関係が形成されていきました。最初は「認知症の高齢者と子どもを一緒にして大丈夫?」「障害のある子どもと高齢者を一緒にして大丈夫?」と心配していた方々も、自分の目で確かめることで納得されています。
共生の取り組みに関心を持ち、数百組もの団体が視察に来ましたが、実施に至る事業所は僅かです。渡邊氏はその理由をこう話してくれました。「社会性を重視して高齢者の方々に子供の面倒を見てもらう機会を増やすことがポイントです。職員がしてあげる、させてもらうという昔ながらの奉仕の心では、共生は実現できません