厚生労働省の試算によると、今の団塊の世代が75歳以上になる2025年度までに、約253万人の介護職員が必要といわれています。しかし供給見込みは約215万人、およそ38万人もの介護職員が不足するといわれています。 政府は介護の担い手を外国に求め、その方策として2017年7月より「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」が施行されました。
これに先駆けて、2008年度よりEPA(経済連携協定)に基づく外国人介護士の受け入れが行われており、累計で約2800人の候補者が来日しました。しかし慣れない環境や言葉を乗り越えながら、4年間の滞在期間中に介護福祉士の試験に合格しなくてはならず、家庭の事情や、試験に合格できずに帰国した人は少なくありません。
今後、新しい制度によって多くの外国人が日本の医療・介護現場で働くことが見込まれます。外国人を雇用するためには、どんな点に留意すべきなのか。先駆的取り組みを行う北海道の二つの施設への取材を行い、現状と課題を掘り下げました。
外国人介護士が派遣されるまでのプロセス
最初にEPAにおける外国人介護士候補者が、当該事業所に派遣されるまでのプロセスを説明します。まず公益社団 国際厚生事業団(JICWELS)が中心となり、EPAの対象となっている国々へ募集をかけます。日本人職員と同様の給与の支払いが条件とされ、応募者は、求人票の中から希望に合った報酬や地域を選びます。
日本に来てもらうためには、事業所と応募者のマッチングが重要となります。ただし費用や時間的な問題から現地で面接することは少なく、今回取材した二つの施設は書類とビデオレターだけで採用を決定したそうです。
人材育成
応募者の中には、日本への留学経験があったり、日常的な会話以上に日本語を理解している「日本語N2レベル」の人たちが稀にいるものの、ほとんどの人は日本語を話すことができません。事業所に配属される前に現地で3か月間、日本で半年間の研修を行いますが、それでも挨拶程度の会話しかできず、コミュニケーションは難しいようです。
介護技術だけでなく、日本語の習得や日本文化の理解、そして介護福祉士に合格させるための学習指導、生活面でのケアや習慣・風習への配慮など、事業所が行わなくてはならないことは多岐に渡ります。一人にかかる費用は約1千万円といわれ、労力のみならず費用負担も相当な額になります。
医療法人 喬成会の取り組み
石狩市にある医療法人 喬成会では、2015年よりEPAに基づく外国人の受け入れを開始。現在、介護老人保健施設オアシス21で介護福祉士候補者2名のほか、花川病院で看護師候補者2名を受け入れています。
山内浩子介護長と宮前元樹部長
外国人候補者を受け入れるきっかけは、法人の母体である健育会グループの竹川節男理事長が2004年、経済同友会の医療改革委員長を務められていた時に「医療先進国ニッポンを目指して」を提言したことが契機としています。2008年よりグループ内の施設で最初の受け入れを開始。現在ではグループ全体で19名の外国人を受け入れています。
経験なし、日本語能力なしからのスタート
法人として初めて外国人を受け入れることから、事前に職員に向けて説明会を実施。「どのような目的で外国人を受け入れるのか」を説明したうえで、日本で研修を受けている様子などを随時紹介し、受け入れの体制を整えました。
現在、介護老人保健施設オアシス21で介護福祉士候補者として働いているのは、フィリピン人女性のジェニファーさん(元エンジニア・介護の経験なし)とマリーさん(母国で介護の資格習得)。現地と来日後に研修が行われたものの、ほとんど日本語を話すことができない状態でやってきました。
外国人の個人差や事業所の地域性などにより、グループ内の成功事例が喬成会に適用されるものではありません。「日本語を教えることよりも、日本人の文化を理解してもらうことが必要」という考えから、まずは入所定員9名のグループホームから研修を開始。1か月間にわたり入居者と一緒に食事を作るなど、日本人の文化や生活スタイルを学びました。
最初は日本語が話せないことに対する心配があったものの、すぐに杞憂であることが分かります。持ち前の明るさで、たちまち職員や利用者、家族に受け入れられ、親しまれる存在になったのです。
マリーさんとジェニファーさん
外国人介護士が職場環境を良好にする
二人の仕事ぶりを尋ねると、「ジェニファーは冷静で気が利く。洞察力が優れているので私の方が尋ねることが多い」、「マリーは施設内での笑顔グランプリに表彰されるほど、いつも明るいムードメーカー」と称賛します。すでに3年を経過、彼女たちが施設の一員として受け入れられ、必要とされていることが伝わりました。
日本人の職員についても彼女たちを育成するという共通目標により、職員間に友好な意識が芽生え、職場環境がよくなったといいます。これは外国人を受け入れているグループ内の法人に共通した効果だそうです。
現時点では経済的効果は薄いとしながらも「今の費用対効果を見て終わらせてしまうのではなく、このノウハウを何かに波及させなければならない。また外国人の受け入れが一般化した場合のことを考え、今のうちにノウハウを蓄積しておくべきだと考えている」と継続の必要性が強調します。
教えることの難しさ
介護技術については介護職員が一丸となって担当、日本語と生活面については専属の職員が担当、介護福祉士国家資格の勉強については職員と外部の方が担当するなど、それぞれの専門性により関りが持たれています。
一番苦労したのが介護福祉士国家資格の勉強で、「どこを探しても外国人に介護福祉士の勉強を教える人が見つかりませんでした。国際厚生事業団(JICWELS)が発行しているテキストに沿って勉強することができるのですが、“教える”というスキルがないと、なかなか理解できるように伝えることが困難です」といいます。
また「私が思っていたより、ハングリー精神はない」と山内介護長がというように、楽観的な性格からか、二人に焦りが感じられない点も気になるようです。
合格が必須条件
一回の受験での合格が必須条件ではありますが、国家試験対策の前には日本語の勉強を集中して行わなければならなりません。あと試験まで1年を切った今は、働きながら日本語の勉強、介護福祉士国家試験に向けた勉強を同時に行っています。
山内介護長は「もし不合格になってしまった場合は、帰国して次の年の試験に挑むことも出来ますが、一度帰国したらフィリピンで継続した介護福祉士受験の勉強は難しいと思う。若干マイペースな彼女たちには厳しいスケジュールかもしれないが、今は心を鬼にして合格までの道筋を私たちが作らなければならない」と話しています。
平坦でない道のり、描きにくい将来ビジョン
ふたりは来年1月に介護福祉士を受験しますが、一発で合格しなくてはフィリピンに帰らなければなりません。「合格するためには、この教え方でいいのか」と職員が悩む一方で、「あと1年で、何とかしなくては」山内介護長は自分に言い聞かせるように呟きました。札幌では東京などの都市部と違い外国人向けの日本語教育機関が不足していることが障壁になっているようです。
候補者の本心はどこにあるのでしょう。アンケートには「日本で働きたい」と書いてありますが、宮前部長は「そう答えるのは、彼女たちが優しいから相手の求める返答をしている可能性はある。しかし何にせよ我々も二人が「ずっとここで働きたい」と思う施設や組織にしていきたい。」話しています。
事前に「彼女たちから、一時の出稼ぎにきたという雰囲気は感じない」と聞いていたため、「いつまで日本にいるのか」と質問してみました。すると「試験の結果が分からないうちは答えようがない」と返されました。平坦ではない道のりに、まだ自分たちの将来のビジョンが描きにくいのかも知れません。
社会福祉法人 よいち福祉会の取り組み
余市町にある社会福祉法人よいち福祉会は、2009年に北海道初となるEPAに基づく外国人の受け入れを開始した法人です。日本の男性と結婚して町内に在住しているフィリピン人の活躍が、外国人受け入れの契機となりました。
現在、ジァンファーさんとララメイさんの女性2名が特別養護老人ホームフルーツシャトーよいちで働いています。共にフィリピンで看護の勉強をしてきた“エリート”です。今年介護福祉士を受験し、3月の発表を待っています。
定着が難しい介護福祉士候補者
これまで6名の介護福祉士候補者を受け入れたものの定着者はいません。ジァンファーさんとララメイさんを含む4名が受験にこぎつけましたが、一人は介護福祉士の試験に合格したものの、他の施設で働く介護福祉士候補者と付き合っていたため男性と結婚したいといい、退職して他の施設に移って行きました。来日直後に「結婚・出産するので帰りたい」といって帰国した人もいたとか。どちらも「寝耳に水」な話でした。
阿部珠恵副施設長
候補者を受け入れるためには莫大な費用がかかるだけでなく、教える労力も必要になります。合格後は1年でも2年でも働いてほしいのが本音であるものの、一方で「帰りたい」という気持ちは仕方がないこと。ホームシックなどには、現場のリーダーが対応するなどのケアを行っていますが、すでに1名は「帰りたい」と希望しているなど、担当窓口である阿部副施設長は葛藤を抱えています。
介護福祉士の合格のコツ
よいち福祉会では、これまで1名が介護福祉士に合格しているため、合格のコツを尋ねてみました。「個人の能力が大きく左右します。理解力が高ければ学習に対する習熟度も上がり、モチベーションもアップする。まわりの職員も頑張りをサポートしようとするため、より効果が上がる」といいます。
合格した1名は目的意識が高い人だったそうですが、「全員がそうではありません」と続けます。中には「やる気があるのかな」と思ってしまう人もいて、まわりのサポートする気持ちも萎えそうになります。
外国人の受け入れは費用と体制づくりが必要
これまでの実績を踏まえて、去年の9月に「フィリピン介護人材セミナー」を開催。フィリピン介護人材にかかわる現場従事者3名により、「フィリピンの現状や介護人材」「フィリピンにおける日系人の状況と人材活用」、「よいち福祉会におけるEPA介護福祉士候補受入れの取り組み」などのテーマで、外国人雇用についての情報を発信しました。そこには人材不足に悩む事業所が参加しましたが、高額な費用面で採用には積極的になれない事業所が多いようです。
阿部副施設長に、介護福祉士候補者について伺うと「とても優しく接してくれます。しかもフィリピンでは高等な教育を受けた人たちなので、とても能力は高く呑み込みが早い。入居者にも親切なのでとても助かっている」と称賛する一方、「それに対する費用や労力も大きい。技能実習制度が始まったとしても、外国人を大勢採用しても受入体制をしっかりしないと難しい」と語ります。
事業所へのアドバイスは『過剰な期待はしないこと 』
EPA候補者の受け入れを検討している施設へのアドバイスをお願したところ、「過剰な期待はしないこと」という言葉をいただきました。日本人でも3年くらいなら働こうかと考える人が多い中、外国人に永続的に働いてもらうには、今以上に日本で働くメリットが必要であり、帰国したいと思うのは当たり前のことというのです。
候補者のひとり、ララメイさんに話を聞くと「老人ホームのお年寄りは家族と離れて暮らしている。自分も家族と離れているから、寂しさが分かる」といいます。かけがえのない家族への思いは、お金や待遇で繋ぎ止めることは難しいこと。よいち福祉会では、今後の受け入れについてはまだ決まっていません。
今回の取材を通じて、外国人介護士の採用について難しさはあるものの、介護の担い手として必要とされていることや、外国人の方々もそれに答えようとしていることを肌で感じました。日本語の習得や試験の合格など、越えなくてはならない障壁は高いですが、未曽有の高齢者の増加に備え、介護業界が新しい時代に突入していることは確かです。