「年を取ると昔のことばかり話す」と言われるとおり、高齢者は昔話が好き。ほとんどの人が昔の話に熱中し、目を細めます。苦労話や自慢話をあたかも昨日の事のように語りだし、人によっては現在と過去の区別が付かなくなります。「落ち着きがない」「認知症だから」の一言で片付けてしまうのは簡単ですが、実は過去を振り返ることにより脳を活性化する心理療法(回想法)があります。「懐かしさは、認知症高齢者にどう作用するか?」実際に行った結果を報告し、その有用性についてお伝えします。
回想法とは
1960年初めにアメリカのロバート・バトラーは、回想法について「高齢者の回想は、死が近づいてくることにより自然に起こる心理的過程であり、また、過去の未解決の課題を再度とらえ直すことも導く積極的な役割がある」と説いています。昔懐かしい生活用具などを用いて、かつて自分が体験したことを語り合ったり、過去のことに思いをめぐらせることにより脳を活性化させ、活き活きとした自分を取り戻そうとする手法です。
・地域性を考慮して道具を用意する
全国に回想法を実施している施設や病院はいくつかあり、一定の効果が見られるものの、昔を懐かしめる環境や道具を用意しづらいため、なかなか普及しないのが現状です。筆者が回想法を実施した施設は町立のため、同じ組織内にある郷土資料館の協力を得られやすいことや、漁業が町の基幹産業なため、入所者が古い漁具などに興味を示すなど、回想法の実施を容易にしました。もし大掛かりな道具が用意できなければ、昔の写真や、対象者が青春時代を過ごした頃に流行していた音楽などでも実施可能です。
・年齢や出身地の近い人を対象とする
多くの高齢者施設は65歳が入所条件となっていますが、年齢や住んでいる地域によって懐かしさのポイントは違います。北海道の日本海側に面したこの周辺には、昭和30年まで鰊漁が栄えていたため、入所者の多くは鰊漁に関係していた人たちです。当時の映像を見ながら古い漁具を差し出すと、目を細めながら懐かしそうに語り始めました。
懐かしさを感じさせるメニュー
最初は難しいことや科学的な効果を求めず、レクリェーションとして楽しんでいただくのが一番。「懐かしがる」「喜ぶ」「熱中する」の三つをキーワードに、借りてきた道具や島の歴史、当時の生活などを考えながら何とかメニューを考えました。施設内の和室の一角に、懐かしい道具を配置し、軽度から中等度の認知症の方など6名を対象とし、「紙芝居を見る」「昔の地図を見て当時の様子を語る」「大相撲巡業がやって来た」「懐かしい唱歌を歌う」など、毎回テーマを変えて毎週一回、ワンクール8回の予定で開催。回想法に参加している間は、別人と思うほどシャキッとしていますが、終了すると夢から覚めたように、無表情になり徘徊し始めたのが印象的でした。
・入所者は喜び、職員は尊厳を持つ
回想法による日常生活において精神的な変化は見られませんでしたが、内容によっては落ち着きを持って集中、没頭するなど普段にない姿が見られました。また、後半では参加者同士の一体感が感じられ、予想以上の好感触でした。特に少人数で行ったことが、良い結果をもたらしたのだと思います。
また、入所者から若い職員に昔の遊び方、漁具の使い方、昔の暮らしなど、知らないことを教えてもらうことで、世代間ギャップを埋めることができ、尊厳を持って接することができるようになるなどの効果を得ることができました。
リハビリテーションの先にあるもの
普段では見られない入所者の表情に回想法の有効性を確信しました。精神的な改善をも目的とするならば、生活全般に回想法を取り入れなくてはなりませんが、レクリェーションとしても充分喜ばれます。
今後の介護報酬改正により、リハビリテーションが重視されていきますが、単に「身体を動かしましょう」と誘っても、面倒で辛いリハビリを積極的に行う人はいません。「身体を動かして、楽しいレクリェーションにいつまでも参加できるようにしましょう」など、“リハビリの先にあるもの”を提示してあげるべきです。ぜひ、「懐かしい」気持ちで心が満たされる回想法を取り入れてみてください。