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パート社員の社会保険適用拡大が流通小売業に与える影響

2016年10月から、国の社会保障・税一体改革により、年106万円以上稼ぐ大企業のパート社員は厚生年金など社会保険に加入することになりました。新たな保険料負担が企業とパート社員双方に生じますが、「106万円の壁」の出現はスーパーマーケットや専門小売店、飲食店などのチェーンストア、そこで働くパートタイマーにどのような影響を与えるのか考察します。

 

  • 目次
  • ・社会保険の適用拡大の枠組み
  • ・適用拡大によりパート従業員が受ける影響
  • ・パート社員は働き方の選択をどのように考えているのか
  • ・小売業はどれくらい影響を受けるのだろう
  • ・小売業はどのような対策を打つべきか

 

社会保険の適用拡大の枠組み

はじめに、平成28年10月より施行される社会保険の適用拡大についての枠組みを見ておきましょう。

今回の改正では、現行の基準で適用対象となる従業員が501人以上(つまり現時点で正社員をはじめ社会保険の適用者が501人以上)の企業に勤める、勤務期間1年以上のパート労働者のうち、週20時間以上働き、月額賃金が8.8万円以上(年収106万円以上)の者に対し、正規労働者(以下、正社員)と同じように厚生年金や健康保険が適用され、全国で約25万人が対象になると見込まれています。

働かない方が有利になる社会保険制度の仕組みを変えることにより、特に女性の就業意欲を促進するための改正として、当初案では週20時間以上働く人全員(約370万人)へ対象を拡大することが検討されていましたが、企業、特に中小企業の負担増加を懸念して月収基準が設けられ、さらに月収基準も当初の7.7万円から8.8万円へ引き上げられたことにより、適用拡大の範囲は25万人となりました。

しかし、将来的には中小企業にも範囲を広げる事は、ほぼ間違いのないことであり、また社会保障の財源の問題もあり、その適用基準が引き下げられることも容易に想像できるでしょう。

 

適用拡大によりパート従業員が受ける影響

社会保険料を払うことにより、どのように手取りが変わるのか見てみましょう。

年収120万円のパート社員(35歳主婦)を例に考えてみますと、雇用保険料、所得税、住民税を差し引いた手取りは約116万円で、社会保険料の負担はありません。
ところが10月以降、社会保険に加入すると、ここに健康保険料で年間約5万8000円、厚生年金保険料で年間約10万5000円の負担が増え、手取り収入は約100万円になってしまいます。
一方、年収105万円の場合、10月以降も社会保険料の負担はないため、所得税、住民税を引いた手取り年収は約104.5万円です。
手取り額では130万円稼ぐより、105万円の方が多い、逆転現象が起こるわけです。

 

パート社員は働き方の選択をどのように考えているのか

厚生労働省の「パートタイム労働者総合実態調査」によりますと、パート女性の50%は、「130万円を超えると社会保険料を支払わなければならないから年収調整をしている」と回答しています。

イオンのスーパー運営子会社イオンリテールは、2014年11月、パート従業員を対象に今回の社会保険の適用拡大についての意識調査を実施しました。
約5万人の回答数のうち、制度改正以降に社会保険に加入する希望者は全体4割、残り6割は希望しないと答えました。

「これまでと同じ条件でパートを続け、社会保険に加入するか」。あるいは「年収を106万円未満に調整する、もしくは従業員501名未満の企業へ転職し社会保険に加入しないか」の選択を、パート従業員は迫られることとなりますが、この2つのデータを元に推測すれば、全体の50~60%のパート社員が後者、社会保険に加入しない選択をしそうです。

もっとも、パート社員が意識するのは、「106万円の壁」でなく、さらに所得税がかからない「103万円の壁」の方でしょう。

 

小売業はどれくらい影響を受けるのだろう

パート社員を雇用する企業にとって、保険料負担が増える今回の制度改正は、スーパーマーケットやドラッグストアはじめ、流通小売業の経営に少なくはない影響を及ぼすこととなるでしょう。

流通小売業、例えばスーパーマーケット各店舗におけるパート社員の比率は61.2%(日本スーパーマーケット協会「スーパーマーケット年次統計調査」)、正社員500名規模のスーパーマーケットなら、約800名のパート従業員がいる計算です。

 

社会保険の3号被保険者(パート主婦)の週労働時間

 

週20~30時間労働のパート主婦の年収

 

この2つのグラフは厚生労働省「パートタイム労働者総合実態調査」からのものです。
社会保険の3号被保険者、いわゆる「パート主婦」の労働実態ですが、これによると先の約800名のパートタイマーのうち、どれくらいが今回の適用拡大の対象にあたるか推測できます。

これによると、今回の適用対象となる週20時間以上30時間未満のパートタイマーが全体の64.1%、そのうち年収100万円以上130万円未満が37.4%。
つまり対象は800名×64.1%×37.4%=約200名(パート全体の約25%)と計算されました。

仮に、この200名の平均年収が120万円の場合、健康保険料で年間約5万8000円、厚生年金保険料で年間約10万5000円、合計で約16万3000円を企業が新たに負担することとなり、200名、3260万円の法定福利費増の計算です。(協会けんぽで試算)

一方、業界平均(経常利益率1.4%、従業員1人当り売上2200万円)から500名規模のスーパーマーケットの経常利益額を1億3800万円としたとき、社会保険料の負担増は経常利益の約25%を占めることとなり、このインパクトは大きなものです。

流通・サービス産業を代表する16団体で組織する「流通・サービス産業年金制度等改革検討協議会」は、パート労働者への社会保険適用拡大に対する反対意見を提出しています。

 

小売業はどのような対策を打つべきか

主婦パートは社会保険加入と年収調整の選択を迫られています。これはスーパーマーケットはじめ小売業においても言えることです。
適用拡大まで残り半年、企業がどのような対策を打っているのか見てまいりましょう。

 

(1)週20時間(月8.8万円)までに抑える

両者の関係は“AND”なので、どちらか基準を満たさなければ良いことになります。
現実的には月8.8万円までに抑える措置をとるでしょう。

株式会社アイデム人と仕事研究所が出した「パートタイム白書」によると、パートタイマー比率が60%を超える流通小売業の約半数は、保険料負担が増えないように調整すると答えています。

社会保険の適用拡大時の企業の対応

 

しかしパート比率の高い流通小売業が労働時間調整を行うと、現状よりも細切れのシフトとなり、結果、より多くの人員が必要となります。
企業の社会保険料負担を避けると、より人員不足に陥ってしまうというジレンマが生じます。
またパート社員側にも就労を抑制する動きがあるとなると、その就労調整で減った分の労働量を補うために、さらに人を確保していかなければなりません。
加えて、月8.8万円以上稼ぎたいなら中小企業へと、これまでとは逆の人材の流れが出てくるかもしれません。
採用難はパート時給の上昇も招きます。

社会保険料を抑制する代わりに、採用経費やパート人件費が高騰する悪循環にも陥りかねず、単純に保険料負担が増えないようパートの労働時間を調整する、という単純な図式とはいかないようです。

 

(2)正社員化を進める

優秀なパートタイマーについては、確保をしなければ、社外へ流出する懸念が出てきます。
正社員化し、社会保険料を負担しても社内にとどめ、これまで以上に貢献してもらうとの考え方です。

2014年、スーパー大手、イトーヨーカ堂はパート従業員を正社員として登用することを発表しています。

(関連テーマ)

正社員化に伴う人件費コントロール15の方法

 

カジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが、国内のユニクロ店舗(2013年11月末856店舗)で勤務をする全パート・アルバイト約3万人の半数以上に当たる1万6000人を正社員化する方針を打ち出した。(東洋経済オンライン)

正社員化への取り組みを支援するため、「キャリアアップ助成金」などの助成金制度があります。キャリアアップ助成金の場合、パートタイマーを正社員化した場合に、一人当たり最大50万円が支給されます。
助成金申請は、実務経験が豊富な専門家に相談することをおすすめします。

 

(3)別会社へ転籍させる

パート労働者の人事管理を行う専門の関連会社(従業員500名以下)を作り、そちらへ転籍させると20時間(8.8万円)を超えても、今回の適用範囲外となります。

本人の意思を確認することも必要ですし、いずれにせよ2019年には中小企業への適用含めた制度の再見直しがありますので、あくまで一時的なものになりかねません。

 

(4)社会保険料を削減する

社会保険のコスト削減についての手法は数多く登場していますが、情報の秘匿性から、関心はあるけど導入を躊躇する企業が多いようです。
当たり前ですが法令は遵守されつつ、社員の納得性の高い削減スキームで、着実にコストダウンすることが必要です。

 

企業は、パート社員に対し、「保険料負担はしない」と一律に就労調整を強いるのではなく、パート従業員各人の労働ニーズも取り入れて、うまくバランスをとっていくことで、総額人件費の上昇を最小限に抑えて、かつ生産性の向上を果たすべきではないでしょうか。