福祉避難所の現状と福祉施設の役割

地震や台風などによる災害は、もはや日本中で起こることが想定されており、高齢者や障害者が安心して暮らすためには、福祉避難所が担う役割が大きくなります。しかし日本で初めてブラックアウトを引き起こした胆振東部地震で、札幌市が福祉避難所を開設しながら公表しなかったことが問題となりました。なぜ福祉避難所はスムーズに機能しないのか。その理由を探るとともに、課題を整理しました。

 

災害による福祉避難所の開設

福祉避難所は、災害時などにおいて市町村が必要に応じて保健福祉センターや民間の福祉施設などに開設する二次的な避難所です。災害救助法に基づき設置され、障害者や高齢者、妊産婦や乳幼児、病弱な人とその家族らのうち、一般の避難所生活が困難な人が対象となります。選考方法は、まずは一般避難所で生活し、その後自治体側が福祉避難所の対象者を選びます。

最近では、2018年9月30日に京都府京丹後市の佐濃谷川が氾濫危険水位に達した際、指定緊急避難場所または福祉避難所へすぐに避難するよう呼び掛けられています。また、2016年の熊本地震ではトレーラーハウスが福祉避難所として利用されたことが話題になりました。

 

札幌市の福祉避難所の問題

札幌市は、市老人福祉施設協議会や、道老人保健施設協議会を構成する230施設と福祉避難所の協定を締結。災害発生後に施設内の安全や受け入れ態勢を確認してから福祉避難所に指定する仕組みが取られています。

市は一般の避難所で過ごすのが難しい車いす利用者2人を確認。市内の高齢者施設と障害者施設の2カ所を福祉避難所に指定し、それぞれ移動させました。数日後に2人が退所したため避難所を閉鎖しましたが、のちに福祉避難所が設置されていることが一切公開されなかったことが発覚。障害者や難病患者らから「一般の避難所は人があふれており避難できなかった」「福祉避難所に行きたかったが、情報がなく避難を諦めた」と公表を求める声が上がり、問題となりました。

 

福祉避難所が公表されない理由

内閣府のガイドラインには、「あらゆる媒体で福祉避難所の情報を広報し、特に高齢者や障害者、その家族に周知徹底する」と、福祉避難所の積極的な情報公開を求めていますが、施設側の「避難者が殺到したら対応できない」と言う要望を受け、市は「公表することで混乱を招く」と判断。非公開の設置に踏み切ったと言います。

東日本大震災を契機に福祉避難所の指定を受けた施設が1年半で約1.5倍も増加するなど関心の高さがうかがえるものの、全国的に周知が進んでおらず、様々な課題があげられています。2016年4月に発生した熊本地震では、熊本市内で4万人近い避難者が出たにも関わらず、市が混乱を避けて情報公開を行わなかったため、指定を受けていた市内176の施設のうち、福祉避難所を開設できたのは34施設、わずか104人が利用できるにとどまりました。

地震のみならず異常気象などが増え、これまで災害と無縁であった地域における被害も見られるようになりました。これまで大きな災害を経験していない札幌市では福祉避難所の設置は初めてのことでしたが、熊本市の事例が生かされていれば、何らかの対策が立てられたのではないかと思われます。

 

東日本大震災の教訓

大きな課題として福祉避難所の指定を受けている施設が、現実的に避難者を受け入れることができるのかと言う問題があります。言うまでもなく介護施設は人手不足であり、その多くがギリギリの人数で利用者の介護を行っています。災害時は職員の人数を通常通り確保するのも難しいため、避難者のケアまで手が回らないことが想定されます。

2012年に岩手県立大学地域政策研究センターが、「東日本大震災津波における福祉避難所の状況と課題についての調査研究報告書」を公表しています。調査研究結果から課題を抽出しました。

 

開設された福祉避難所について

開設市町村数 12市町村(うち沿岸部 8)
開設福祉避難所数 65施設(うち沿岸部 48)

 

福祉避難所の本来の業務

福祉サービス事業所(入所型) 23施設 (特別養護老人ホーム等)
福祉サービス事業所(通所型) 21施設(ディサービス事業所等)
その他(宿泊可能型) 19 施設(小規模多機能等福祉サービス事業所及び宿泊施設等)
その他(非宿泊型) 2 施設 (老人福祉センター等)

 

あり、すでに高齢者の避難を受け入れていた入所施設や、自宅に帰れなくなった利用者を避難させていた通所介護施設などが、市町村と連絡をとり福祉避難所になった事例が多く見られました。入所型の施設においては、受け入れが伝わると一般避難者も含め入所定員の3倍から5倍程度の数の要援護者(家族)が避難したという例もあります。

 

開設期間及び延べ日数等

開設期間 3 月 11 日から 8 月 25 日(開設期間は個々の避難所により異なる)
開設延べ日数 3,620 日(平均 55.7 日、最長 167 日、最短 2 日)

 

避難日数の長さから災害の規模の大きさが計り知れます。多くの福祉避難所では職員にも帰宅不能になった被災者がいました。

 

救助延べ人員等

救助延べ人員 26,681 人(平均 420.4 人、最高 5,749 人、最小 0 人)
救助延べ人員の内訳

(内訳が示されている 61 施設 20,875 人についての内訳)

 

高齢者

障がい児・者

幼児・妊婦等

高齢者の家族等

その他

10,934 人

2,667 人

659 人

804 人

5,811 人

合計20,875 人

 

2011年当時の岩手県の高齢化率は、全国第4位となる27.3%で、特に被害の大きかった沿岸部は過疎化が進んでいたため、高齢者の避難が多く見られます。

 

福祉避難所の運営状況

内閣府が2015年に実施した「福祉避難所の運営等に関する実態調査 (福祉施設等の管理者アンケート調査)」によると、『災害時に予定している避難者の受入れ規模(現在の入所者を含めた人数)』の質問で最も多かった回答は、「1~40人」、2番目に多かったのは「81~160人」でした。

受け入れ規模数には現在の入所者を含めた人数が反映されており、外部の避難者をどれくらい受け入れられるかわかりませんが、入所定員100人の施設が「160人受け入れられる」と回答している場合、その施設に60人もの人が避難することになります。

福祉避難所として利用するスペースで最も多かったのが「共有スペース」であり、679 施設でした。次いで「会議室(401施設)」、「食堂(324施設)」の順になりますが、それらのスペースに、どれだけの人が受け入れられるのか疑問です。

また、『要配慮者に対して情報を提供する際の伝達手段』を問う質問では、2000施設中、223施設が「いずれの伝達手段も用意していない」と回答。『災害時の施設利用に関して、自治体との協定で締結している内容』の質問については、『特に締結していない』と回答する施設が292施設もあるなど、指定は受けているものの、あまり本気で取り組んでいない施設が存在していることが判明しました。

出典: 内閣府 福祉避難所の運営等に関する実態調査

http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/fukushi_kekkahoukoku_150331.pdf

 

福祉避難所を開設した際の対応

岩手県立大学地域政策研究センターは、平成24年度地域協働研究(地域提案型)「東日本大震災津波における福祉避難所の状況と課題についての調査研究報告書」において、福祉避難所を開設した際の対応を公表しています。「物資の確保」、「ライフラインの途絶」、「人的体制」の3点をまとめました。

 

1 物資の確保

東日本大震災においては、食料だけでなく燃料や医薬品、介護用品、寝具等の確保が重要かつ困難な問題となりました。地域の商店や農家だけでなく、被害の少なかった内陸部まで出かけて最低限の物資を調達したり、市町村からの配給までは、近隣の住民や避難者家族、職員からの供出もあったそうです。

 

2 ライフラインの途絶

電気、水、通信手段が途絶したため、暖房、トイレ等に問題が出ました。東日本大震災はまだ寒い3月11日に発生したため、暖房は電池式の反射式ストーブを調達したと報告されています。胆振東部地震があった北海道では、冬に電気の供給量が上昇することから再び停電が懸念され、反射式ストーブが飛ぶように売れています。

 

3 人的体制

入所施設においては本来業務の利用者の介護に加え避難者の介助等が 24 時間体制で行われました。そのため職員の勤務は過重となり、外部の支援を得る必要があったといいます。利用者の健康管理も大きな問題となり、介護や医療・保健の専門職のほかボランティアの支援が必要となりました。

 

福祉避難所運営に関する課題

実際に福祉避難所を開設した施設から下記のような要望が出されています。

 

1 物資の備蓄とその仕組み

食料や燃料、医薬品等について備蓄が必要。個々の施設等が行うにはスペースを含め限界があるため、市町村が中心となり地域的な体制を作る必要がある。

 

2 避難者の属性ごとの課題

認知症高齢者への対応、精神障害者の医療等の確保、難病患者についてのケア方法等の習得や器具等の確保、乳幼児について離乳食やミルク等の調達、重い障害者等への食事提供における配慮など。

 

3 支援人材を確保する仕組み

災害の規模が大きい場合、市町村や広域圏を超えた全県、県外からの人材確保が必要。県が中心となり仕組みを検討すべき。

 

4 事前指定を受ける場合必要なこと

物資の備蓄等は地域における仕組み、建物については避難場所となるスペース(交流室等)や備蓄倉庫、発電機の整備に対する支援、人的支援の体制構築、行政との連絡体制の確保(行政職の常駐等)、費用面では職員の超過勤務等への確実な補填など。

 

※岩手県立大学地域政策研究センター平成 24 年度地域協働研究(地域提案型)「東日本大震災津波における福祉避難所の状況と課題についての調査研究報告書」から引用

 

福祉施設には公共機関としての役割がある

熊本地震や今年7月の西日本豪雨でも、指定事業者に福祉避難所の認識が薄いため、福祉避難所が設置されなかったことや、利用者が福祉避難所の存在を知らずに一般の避難所で不便を強いられたことが問題となりました。

福祉避難所に指定されている社会福祉法人などは、税制優遇を受けた公共機関です。災害は突発的に起るものであり、協定を結んだだけで実際にそのとおりに動けるかどうかの検証が終わっていなければ意味がありません。過去の事例を教訓とし、地域に住む高齢者や障害者の安全を確保するなど、地域福祉の一端を担ってください。

 

 

 

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