中小企業社長の適正年収、役員報酬の決め方

「他の中小企業の経営者は、どれくらい役員報酬を取っているの?」「社長の給与をどう決めれば良いと思う?」という質問に窮した事があります。

マスコミで発表される報酬ランキングは雲の上の話で、99%の中小企業経営者にとっては他人事です。今回は、幾つかの観点より中小企業社長の適正年収について考えてみたいと思います。

本コラムは約5900字、読むと時間にして約10分かかりますので、時間が無いという方は、とりあえずブックマークして後から読まれることをおすすめします。

 

1.上場企業経営者の年収とその内訳

話が横道に逸れるかもしれませんが、東洋経済が刊行している『役員四季報』では、上場企業役員の年収について記載があり、その金額が毎年大きな反響を呼んでいます。
2015年版データより、社長の年収トップ5をご紹介します。

■経営者の年収ランキング

経営者名 会社名 配当含む
総額
役員報酬 配当収入
孫 正義 ソフトバンク社長 95億5800万 1億3000万 94億2800万
柳井 正 ファーストリテイリング(会長・社長) 70億6600万 4億 66億6600万
里見 治 セガサミーHLD(会長) 19億7900万 6億3500万 13億4400万
橋本 浩 キョウデン(前会長) 13億3500万 12億9200万 4300万
樫尾 和雄 カシオ計算機(社長) 13億1100万 12億3300万 7800万

「孫さん95億!!!」と金額だけ見ればびっくりしますが、よく見ると、そのうち配当収入が94億と、これは社長の報酬というよりは、株主としての報酬ととらえた方がよさそうで、今回のテーマ「経営者の年収」から、少しずれているように思えます。

そうすると、ベスト5では、12億9200万円のキョウデン橋本前会長が純粋な役員報酬ではトップとなるのですが、これも少し違います。

役員報酬=基本報酬+役員賞与+ストックオプション+退職慰労金

このうち、サラリーマンでいう所の給与や賞与に該当するのが基本報酬、役員賞与やストックオプションは利益変動、株価変動しますから報奨金的な意味合いが強く、退職慰労金は一時的な収入。実は橋本前会長の年収のうち12億6800万円は退職慰労金です。(億を超える退職金もびっくりする数字ですが、それだけの貢献があったのでしょう)

純粋な基本報酬で最も高額なのは、日産のカルロス・ゴーン社長で9億9500万円。社長の年収という事なら、上場企業のNo.1はゴーン社長です。

しかし、約10億という金額が多いのか、少ないのかは意見の分かれる所です。
サッカーのC.ロナウド選手の競技者としての年収(CM収入等を除く)約65億円や、今年調子のあがらないジャイアンツの阿部慎之助選手の5億1000万円と比較をしても、組織や社会への貢献度を考えても、個人的には決して高い金額ではないように思います。
(むしろ孫さんなどは、株主というよりは、トップダウンで社長業に邁進されている姿を見れば、1億3000万円の役員報酬は少なすぎるように感じます。)

とは言っても、これらは上場企業のデータです。

 

2.中小企業経営者の平均年収から適正を考える

日本の全企業の99%を占める中小企業のデータを元に考えない限り、今回のテーマに対する答えとはならないでしょう。
ところが、中小企業経営者の年収データがなく、下記のような数字より類推するしかありません。

ひとつは国税庁が行う民間給与実態統計調査より、役員の平均年収のデータです。

企業規模 役員平均年収
資本金2000万円未満 543万円
資本金2000万円以上5000万円未満 752万円
資本金5000万円1億円未満 1037万円
全体 613万円

国税庁:民間給与実態統計調査 平成25年分

 

このデータの特長としては、国内全法人の役員450万人のデータであるため、母数が多く、かつ納税時のデータですので正確であるという事です。

一方、社長以外の役員も含まれている点、母数が大きすぎるため、様々な理由で報酬をほとんどとっていない人や、約7割と言われる赤字企業の役員も含まれている事より平均値が低すぎる、すなわち経営者の年収とは言いがたい所があります。

もうひとつの参考値は、労政時報が行ったアンケート調査「役員報酬・賞与等の最新実態」より、社長の役員報酬です。

企業規模 役員平均年収
従業員300人未満 3109万円
従業員300~999人 4043万円
全体 4381万円

労政時報「役員報酬・賞与等の最新実態」

 

これは同社が行ったアンケート調査に返信のあったもの127人の社長のデータです。
他の役員を含まない社長の平均年収が出ているのですが、これは逆に母数が少なく、かつ中小企業の中でも、いわゆる中堅企業、場合によっては上場企業も含まれるデータ、私の印象としてはトップ10%企業の平均データです。

これら2つのデータと、過去多くの経営者とお付き合いした中、これはあくまで推論ですが、例えば企業規模100人前後の中小企業経営者の平均年収で、1500~2000万円といった所が、中小企業経営者の平均年収ではないでしょうか。

では、この1500万円という数字は適正なのでしょうか?
都市銀行の若手支店長クラスで1500万円、総合商社の40才前後の営業マンで1000万円が比較対象です。

責任の重さ、仕事の難易度やハードさは、それぞれにあると思いますが、多くの中小企業経営者はオーナー経営者であるため、彼らには保証人の問題がついて回ります。
企業の借入金の保証を経営者が負い、万が一、企業が倒産した場合も、借入金の返済を経営者が行うという、恐らく日本でしか見られない制度です。
株式会社は有限責任です。しかし経営者が保証債務を負うのなら、それを有限責任とは言いがたいのではないでしょうか。
この保証債務を引き受けるリスクを勘案すれば、経営者の平均年収1500万円は、サラリーマンと比べて低すぎるように思います。
個人的には中小企業の経営者には3000万円以上は貰って欲しいと考えています。

ちなみに上場企業の経営者が銀行借入の保証人になる事はありません。
企業によっては数千億の借入金があり、さすがに個人に保証させるレベルではありません。借金も天井を突き抜けてしまえば、誰も責任を負えなくなってしまいます。

 

3.自身が経営する会社の経営状況から適正年収を考える

社長の適正年収を考える2つ目の視点としては、会社の経営状況が挙げられます。

経営者の仕事を考えた時、短期的な売上・利益目標を達成すると共に、持続的成長を企業が果たすべく戦略的な意思決定、投資判断をおこなう事が求められます。
この経営者の意思決定を、短期的な経営指標で成果測定するのは難しいものです。
欧米では一般的に長期インセンティブの指標として、ROI(投資利益率)やTSR(株主総利益)等を用いますが、いずれも教科書的で中小企業にはピンときません。もう少し、分かりやすい指標が無いものでしょうか。

そういう意味では、社員一人当たりの付加価値(人的生産性)を元に年収を決めてみるのはいかがでしょうか。
社員一人当たりの付加価値とは、会社の付加価値の総和を、役員を含めた社員数で割ったものです。

付加価値とは、企業が新たに生み出した価値、付け加えた価値をあらわすもので、売上高からその売上を上げるために必要となった外部購入費や外注費の金額を差し引いて求めます。

社員数は正社員数に換算して求めます。例えば、週20時間勤務のパート社員なら正社員0.5人分という具合で、考え方としては時間で換算する方法と、給与で換算する方法があります。

よく利益分配とか成果分配と言いますが、この付加価値の分配が正しい考え方です。
逆に言えば、社員一人当たりの付加価値が低ければ、分配できる原資がありませんし、無理に分配すれば会社は赤字となる訳です。通常、付加価値の50%を給与に分配してしまえば、その会社の経営はカツカツです。

上場企業で、社員一人当たりの付加価値が高い業界は、銀行や総合商社、いずれも月給が高い業界です。年収ランキングでいつも顔を出すキーエンスは、社員一人当たり付加価値は約5000万円、平均年収1300万円も余裕で払える生産性です。

社員一人当たりの付加価値は、短期的な経営努力というより、戦略的なポジショニングやビジネスモデルの構築に大きく左右されます。
単年度の利益なら、売上に応じて経費をコントロールすれば獲得できますが、一人当たりの付加価値は、経費削減した所で増えません。

世の中のニーズをいち早くくみ取り、経営資源を集中投下する。
業界内の競合企業とは違う独自のポジションやオペレーションを確立する。
こういう事は、一朝一夕にできる事でなく、長期の経営的な意思決定によりなされていきます。

化粧品資材商社のA社は、取扱いの品ぞろえ、対応スピードは競合企業の2倍。扱う商材は同じでも、競合他社が真似できない独自ポジションを築き、一人当たりの付加価値は競合の2倍を実現した高生産性の企業です。

では、一般の中小企業に欲しい、社員一人当たりの付加価値は幾ら程度でしょう?

それなりの利益を獲得するためには、やはり1200万円は欲しい所です。(中小企業平均で約800万円)
社員一人当たりの付加価値から適正な役員報酬を考えた時、社員一人当たりの付加価値が1000万円なら1500万円、2000万円なら3000万円と、1.5をかけた数字が、ひとつの目安です。

この報酬と付加価値の関係は、「なぜ多い? 不動産業界の年収5000万円超え社長」の中でも書いていますので、あわせて読んでみて下さい。

 

4.税法から経営者の適正年収を考える

社長自身の報酬を幾らにすべきか、顧問税理士さんに相談すると、たいてい「税法で定める過大役員報酬にならない程度に」というような返答を受けます。

役員報酬は原則としては損金です。
ただし支給額が基準額を超える場合は、その超過部分は不当に高額であるとして損金に算入されません。税理士さんは、その事を言っているのです。

では基準額は幾らかですが、形式基準額の場合なら定款または株主総会の決議で定められたもの、実質基準額ならその役員の職務、会社の規模、業界平均などと比べて、不当に高額なものという事ですから、要はケースバイケースという事です。

これでは何の答えにもなっていませんが、このコラムを読んでらっしゃる経営者の皆様なら、税法から適正年収を考える必要はないと思います。

 

5.納税額から経営者の適正年収を考える

これも税金の面から年収を考える訳ですが、先の税法の問題と比べて現実的な視点です。
特にスタートアップ企業なら、金融機関から充分な支援を受ける事が困難な場合も考えられる訳で、自前で資金を賄うなら納税額を少なく出来る限りキャッシュを手元に残るようにしたいものです。

納税額を抑えたいなら、会社(法人税)と個人(所得税)の税率を比較して、税率の低い方で納税すべきです。

つまり法人税率が低いなら、役員報酬を抑えて利益を多く出す、逆に所得税率の方が低いなら、役員報酬を多く出して社長個人の手元にキャッシュが残るようにする考え方です。

法人税率は基本税率で23.9%、中小企業の軽減税率19%です。
一方で所得税率は、課税所得95万円以下の場合5%、195~ 330万円の場合10%、330~695が20%、695~900万円が23%、900~1,800万円が33%、1,800万円超の場合40%となっていますので、これだけ見ると、所得税より法人税をより多く納めた方がお得に見えます。

ただしこの点は、単純に税率を比較して判断するものではありませんし、節税に役立つ保険商品等も提供されていますので、顧問税理士さんに相談して決められることをおすすめします。

 

6.社長の考え方から適正年収を考える

これまで様々な観点より、経営者の適正な年収を考えてきましたが、明快な指針がなく、結局のところは「経営者の考え方次第」で決まると言っても過言ではなさそうです。

社員一人当たりの付加価値1500万円の機械商社のK社長の年収は約5000万円。
同業同規模の経営者よりかなり高額の報酬ですが、このK社長、接待で飲食した場合や、部下を飲みに連れていった場合も全額、自分の財布から出して領収証を切りません。
「別に遊んでいる訳じゃないが、社長が高級な飲み屋の領収証を回してきたら、真面目にコツコツ働いている社員はアホらしく感じるでしょう」というK社の場合、ほとんど会社の経費を使わない分だけ、役員報酬を多めにとってらっしゃいます。

社員一人当たりの付加価値1200万円のメーカーのR社長の年収は4000万円。
高額な報酬をとられるR社長ですが、車は国産ファミリーカー、スーツもいつも同じものを着用され袖は擦り切れています。
では4000万円の使い道は?となるのですが、ほぼ全額貯金に回され、会社の設備投資に充当されるとのことです。聞けば業績が厳しい時に、設備投資のための融資を銀行に申し込んだ所、無碍なく断られてから、金融機関に頼らない経営を考えた結果、今日のようになったとの事でした。税的にはお得な方法とは言えませんが、そのお蔭で今では、ほぼ無借金で経営されています。

社員一人当たり付加価値1200万円のアパレル商社のM社長の年収は1200万円。
高収益企業ですが、思いのほか年収は低く、しかも家賃10万円程の2LDKの賃貸マンションで生活されています。
M社長は先のK社長とは全く逆の考え方で、連日、得意先や社員を連れては飲み歩き、多くのM社長ファンを作って、それが商売の面でも効果にあらわれています。
毎晩、飲み歩くので車は持たず、移動はもっぱらタクシーです。
「経営者が高級な外車や豪邸に住んでしまえば、それがゴールとなってしまって、攻めの気持ちがなくなってしまう」と、話されるM社長は今日も仕入先との懇親会です。

 

7.まとめ

経営者の年収について、経営者が100人いれば100通りの考え方があります。

税的に何がお得かとか、平均と比べてどうかとか、そんな事ではなく、自身の経営哲学に則り堂々と意思決定することが大切なように思われます。

社長からこのような質問を受けた場合、質問の意図が単なる情報収集なのか、あるいはその人なりの経営哲学を確認している、つまり値踏みされているのか、両面あることを留意しないといけません。

社長の給料の決め方について、その人なりの哲学があらわれる所です。

繰り返しますが、経営者には多くの年収をとって欲しいものです。
その方が、後に続く社員、将来起業を目指している者に夢や目標を与え、社会全体の活力を生むと思うからです。

 


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