地域の介護施設が一致団結[羊蹄山ろくケア向上委員会]
企業において人材育成は重要な課題ですが、どこの施設においても教育担当者の不足や、教育に充てる時間が確保できないと言う悩みが尽きません。こうした問題について、北海道の羊蹄山麓にある介護施設の職員が協働し、独自のケアライセンス制度を創設しました。その取り組みについて、羊蹄山ろくケア向上委員会の委員長福山典子氏(ニセコ町 ぐる~ぷほ~むきら里管理者)に話を伺いました。
羊蹄山麓施設の結びつき
日本百名山に選ばれる羊蹄山。その山麓にある倶知安町、ニセコ町、喜茂別町、京極町、蘭越町、真狩村、留寿都村の7つの町村には、それぞれに高齢者施設があり、交流が盛んにおこなわれています。その一つである「羊蹄山ろくケア向上委員会」は、介護主任らを中心に集まり、地域の高齢者介護の向上を目指しています。
[写真提供:真狩羊蹄園]
ケアライセンス制度創設の契機
羊蹄山ろくケア向上委員会で話し合われた2つの出来事が、ケアライセンス制度を創設の原動力になっています。
<新人職員の戸惑い>
羊蹄山ろくケア向上委員会では、毎年5~6月にかけて「新任職員研修会」を実施していますが、新任職員から「先輩職員に指導を受けているが、やり方が統一していないため、どれが正しいのかわからない」と言う意見が多く寄せられました。長年介護を行っていると自己流が身につき、基本から外れたケアを行うことも少なくありません。基本となるマニュアルが存在しない施設もあり、ケアの統一が必要でした。
<事業所ごとに異なるケア>
倶知安町、ニセコ町、京極町の3町の、それぞれ異なる施設で短期入所生活介護(ショートステイ)を利用していた方が、蘭越町の入所施設に長期入所した際、ケアの統一が図られていないため、一人の利用者に対して異なるケアが行われていたことがわかりました。「事業所が変わったとしても利用者が望むケアの方法やサービスは統一しなくてはならない」と言う反省から、羊蹄山麓の施設全体でケアの方法を統一する案が上がりました。
ケアライセンス制度のためのツール作成
共通のケアを行うためには共通のツールの開発が必要です。羊蹄山ろくケア向上委員会は、多忙な業務と並行して、3つのツールを開発しました。
<3大介護を中心としたテキスト>
まずは、食事、排泄、入浴の3大介護を中心としたテキストを作成。重視したのは「なぜそのケアを行うか」と言う「根拠」。例えば、食事前にトイレに誘導するのは「排泄を済ませて、気持ちよく食事をしてもらう」、「食事前に声をかける」ことは、「意識の覚醒を確認することで誤嚥を防ぐ」と言う目的が存在します。それらを明文化しました。
他にも「目線をそろえて話す」など、当たり前と思えることも掲載しています。限られた時間の中で様々なケアを行うと、次第に利用者のプライバシーや安全、尊厳よりも効率が優先し、人道的な配慮を忘れがちになります。新人のうちに、利用者への配慮を学ぶことは必要ですし、ベテラン職員も自分の対応を振り返る機会になります。
<DVDでケアを可視化する>
テキストの内容を可視化するために、3大ケア方法を撮影したDVD(20~40分)を作成。「目で見て学んでもらう」と言う内容になっています。羊蹄山ろくケア向上委員会が、それぞれの委員の施設で撮影した手作りの教材のため、撮影中に利用者の声が入ってしまい何度か取り直したと言う苦労もあり、製作期間は5年も要しました。
<チェック表による自己評価>
ケアライセンスは、テキストとDVDの二つを照らし合わせて、独自に作成したチェック表を用いてスキルを自己評価します。今後は各施設の羊蹄山ろくケア向上委員による相互評価、最終的には他の施設の羊蹄山ろくケア向上委員の外部評価を経て、ケアライセンスを認定する予定です。
問題をしっかりと受け止めて地域の施設全体で対策にあたる。壮大な計画の話は尽きません。
次は、ケアライセンス制度の狙いや効果、今後の展望について、引き続き羊蹄山ろくケア向上委員会の福山典子氏(ニセコ町 ぐる~ぷほ~むきら里管理者)に話を伺います。
ケアライセンス制度の基本
ケアライセンス制度は基準を満たしていない者を振るいにかけるのではなく、「できない人は、どうすればできるようになるか」「できている場合でも、それ以上を目指すためには何をすればいいのか」技術指導と言うよりは、ものの考え方を伝えることを大切にしています。
ケアライセンス制度の狙い
<未経験者の教育の機会>
介護職員は、介護福祉士などの有資格者だけではなく未経験者も採用されます。残念なことですが、施設で適切な指導を行えなかったために、限界を感じて退職する方が後を絶ちません。そうした方々に対して教育の機会を設けることで「頑張ってみよう」と言う気持ちになってもらうことを期待しています。
<介護のプロとしての証>
未経験者が介護福祉士を取得するには実務経験3年以上が必要。お金も時間もかかります。年配の方の中には「今さら国家試験なんて」と思われる方もいるでしょう。資格はなくても真摯に取り組み、ケアのスキルが高い職員がケアライセンスを取得することは、「介護のプロ」と言う自覚と自信につながり、モチベーションも上がると考えています。
<介護力の底上げによるサービスの向上>
少数のスキルのある職員と、大勢のスキルのない職員では、どちらがよい介護ができるでしょうか。利用者が気持ちよく生活するためには、スキルを持った職員がどれほどいるかがカギとなります。介護力の底上げがなされ、職員全体がスキルアップすることは、利用者にとっても、介護職員にとっても有益なのです。
[写真提供:真狩羊蹄園]
今後の展望
評価者のスキルを上げ、数ヶ月中にケアライセンス制度が開始できるように準備をしています。現在は主任やリーダークラスが中心ですが、いずれは中堅職員にも幅を広げて、指導者を増やしていきたいですね。教える側と教わる側が共感し合えるのが理想です。評価基準は介護福祉士の合格ラインより高めの8割(介護福祉士は6割と言われている)とする予定です。3大介護トータルの評価にするか、1つの介護ごとの評価にするか、特浴など事業所によって行っていないサービスの扱いをどう評価するか、点数で評価するかA.B.Cなどの評定にするか、悩むところは多いです。
今後は、3年以内をめどに山麓施設の介護職員全員がケアライセンスを取得、5年後には地域の方々も仲間に入ってもらえるように働きかけたいと思っています。この辺りはリゾート地なので、介護が必要なお客さんに対して、介護を理解しているホテルマンが対応する。そんな地域になれば嬉しいですね。
[写真提供:真狩羊蹄園]
全国からケアライセンス制度への関心が高まっているようです。現在は、本格始動のための最終調整に入っているとのことですので、お問い合わせなどは、いましばらくお待ちください。