軽度認知症(MCI)から機能回復に至った事例

認知症は不可逆的な進行、つまり一旦進んだら戻ってくることは無い、と思われている方も多いかと思います。しかしMCI(軽度認知症)の段階であれば、適切な行動を取ったり、または適切なケアを受けることである程度機能回復が見込める事があります。

今回はMCIと診断されて休職を余儀なくされた方が、適切なケアによって職場復帰を果たすまでについて、その事例を事実を基に脚色し、ご本人が特定できないような形でご紹介します。

 

MCI診断は突然に

鈴木さんは子供は独立し、奥さんと2人暮らしです。

当時まだまだ現役だった鈴木さん、数年前より物忘れが目立ち、仕事中にあり得ないミスを連発するようになりました。

そのことを会社より聞いた奥さんは不安になり「最近はやりの認知症なのでは」と心配するようになりました。

しかし、実際自宅では大きな問題はなく生活を送れていました。

そこで「勘違い」かもと奥さんも安堵の様子でしたが、それは長くは続きませんでした。

「あれはどこ行った」
「書類が見つからない」

夜中なのに「仕事に行く」

と、ちぐはぐなことを言うようになり、奥さんも「これは病院だ」と思い至ります。

次の日に奥さんは鈴木さんの仕事を休ませ、強引に引きずり出して病院に連れていきました。

ちなみに、この強引な連れて行き方は本来は逆効果です。

しかし、鈴木さんの場合は特にスムーズに受診してくれたようです。この判断には迷いますが、鈴木さん自身も不安があったのではないでしょうか?

とにかくMRIや血液検査の結果、担当医師より

「軽度認知症(MCI)ですね。まだ初期症状なのできちんと治療すれば改善していきますから大丈夫ですよ。しかし、治療をきちんとしてくれないとアルツハイマー認知症になる危険性があるので、お薬はきちんと飲んで、定期的に外来に来てください」

と言われました。治る可能性があり安堵したようですが、逆に悪化させることもあるので注意していかなければならない、と奥さんは思いました。

そこで奥さん、仕事を継続させるのは会社にも迷惑がかかるので、休職という形にしてもらったのでした。

しかし、そんな経過できちんとお薬などを忘れず飲んでいるのに、一向に症状が改善しないので、さすがに奥さんも不安が募りました。

そこでまずは奥さんだけで病院を受診し、担当医師に状況を説明します。

担当医師からは「会社に行く、というのは現状の話を聞く限りは難しいので、復職を最終ゴールにして、今は閉じこもりがちなご主人を表にだすようにしてはどうでしょうか?そのために介護保険申請するといいですよ。」

とアドバイスを受け、その足で市役所に行って申請を行いました。

申請の結果、要介護2の認定が下りることになります。

しかし、認定が下りたころにはお湯を沸かしっぱなしで放置したり、鍋焦がしという行動もでてくるようになりました。

奥さんも仕事をしているので、このまま鈴木さんだけを1人で置いては行けないと思い、介護老人施設への入居を決定するのです。

ここからは、当時同施設に在籍していた筆者も鈴木さんのケアに加わります。

 

環境の変化と回復

筆者の観察によれば、鈴木さんは入居当初は自分より年上ばかりの施設に入ったということもあり、少し緊張気味でした。

トイレに迷うことも数回ありましたが、入居して1週間経過したころにはそれも治まっていました。

しかし食事は毎食用意されますので、お湯を沸かすなど、家事動作がないためその点をどう確認するかを検討しなくてはなりませんでした。

家庭介護復帰室で(※介護保険施設は在宅復帰を支援する施設に位置付けられています。そのため、家庭介護復帰施設で調理をしてもらうことや、家族の人と過ごしてもらえるようお風呂なども設備されており、そこでまずは様子を見て、外泊を繰り返し退所していくことになります)担当してくれることになったOT(作業療法士)からは「診断がMCIなら改善する可能性があるけれども、それには毎日の介護職との鈴木さんとの関わりや観察の情報を共有する必要があります。そのように関わっていけば改善すると思います。プログラムは私(OT)が作りますね」

と言ってもらえました。

そこで今回、鈴木さんと実施したのは下記の7つの行動です。

運動、料理、音楽、睡眠、歯磨き、脳トレ。

これらの項目について作業療法士のプログラムに基づいて日々トレーニングなどを行い、その上で観察評価を繰り返しました。

この作業についてはOTが個別のケースに応じて作成を行うことになるため、ここではその詳細について割愛しますが、鈴木さんは毎日この内容について真剣に取り組んでいただくことができました。

また評価する側、つまり筆者をはじめとする介護チームではこの七つの行動の状況や評価について逐一情報共有を行うなど徹底して繰り返しの評価に努めました。

その結果2ヶ月後、鈴木さんは総合的な判断により退所することができるようになり、さらに数ヶ月後鈴木さんから「無事に職場に復帰するまでに至った、本当に感謝している」というお手紙をいただくに至りました。

 

他職種連携が奏功したケース

今回のケースでは相談員や作業療法士、そして医療機関との連携においてその連携したケアが功を奏したパターンと言えます。

つまり多職種連携が大変スムーズに働いたケースとも表現することができるのではないでしょうか。

今後ますますこういったケースについては増加することが予想され、その上で他職種連携という部分については介護事業者たるもの、きちんと理解・把握、そして学習をしておかなければなりません。

 

 

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