玉石混淆の介護業界「虐待は理想論の歪」

岐阜県高山市内の介護施設で利用者の顔を殴るなどして傷害の罪に問われた男性介護士の初公判が行われました。被告は「利用者と従業員の安全のために行ったことで、けがをさせるつもりはなかった」と起訴内容を否認。弁護側は正当防衛と介護における正当業務行為に当たるとして無罪を主張しています。

 

暴行ではなく正当防衛を主張

虐待とされた事件は、2018年4月17日に起こりました。午後2時15分ごろ、勤務先の介護施設で70代の男性利用者の顔面を拳で数回殴り、床にあおむけに倒すなどの暴行を加え、頭部打撲などのけがを負わせたとされています。

同年10月に簡易裁判所から罰金30万円の略式命令を受けたものの、「被害者にPHSで後頭部をたたかれたことや、他の従業員の助けを得られなかったことに激高して暴行を加えた」と正当防衛を主張。判決を不服として正式裁判を請求していました。

 

暴力には暴力で対抗

介護職員による虐待の一方で、介護職員が高齢者から暴力やセクハラを受けているのも周知の事実です。家族から過剰な要求をされることも少なくなく、人手不足と合わせて職場環境がストレスフルであることが伺えます。

直近では、介護施設「門真老健ひかり」で職員が入所者の顔を殴り、左目の眼球を破裂させるなどのけがをさています。その理由について職員は「おむつを交換していたら抵抗されたので腹が立った。拳を出したら左目付近に当たった」などと供述し、故意ではなかったと否認しています。

介護施設「グループホーム東仙台」では、職員が入居者の80~90代の男女6人に対し、殴るなどの暴行を加え、うち3人が肋骨を折る事件が発生しています。職員は暴行に至った理由を「夜勤に疲れた」と話し、犯行を認めています。

 

公表されている虐待件数は氷山の一角

厚生労働省の発表によると、介護職員などの「養介護施設従事者等による高齢者虐待判断件数」は、2006年は54件だったものの、年々その数を増やし、2013年は200件以上となり、2016年には452件に上るなど、ここ10年で9倍に上昇するなど「異常事態」が続いています。当事者が虐待と思わずに行っていたり問題視されていないケースも含めると、天文学的数字になることは間違いないでしょう。

介護保険制度以降、虐待が大きく取り正されるようになりましたが、それ以前はあまり話題に上りませんでした。虐待に対する意識が低かったこともありますが、特別養護老人ホームにおいて利用は行政処分による収容であり、サービスという概念がなく、「食事」「排泄」「入浴」の3大介護を行っていれば問題がなかったからです。

 

虐待は理想論押し付けの歪

「介護保険制度」が、介護を取り巻く環境を大きく変えました。2003年度の介護報酬の見直しでは、「個々の利用者のニーズに対応した、満足度の高いサービスが提供されるよう、サービスの質の向上に重点を置く」とされました。介護のみならず、介護を要する高齢者の人格や心理も理解することが求められるようになったのです。

教員や保育士、看護師などのヒューマンサービスを行っている方なら、これがいかに難しいことであるか理解できるでしょう。複数の人の心に寄り添い、理解することなど身内でも困難です。介護や教育現場などストレスフルな状況は、理想論を押し付けられ、出来もしないことをやらせようとしていることの歪と言えます。

 

介護は頭脳労働

介護施設における虐待の多くは、入所施設で起きています。訪問介護やデイサービスと異なり、入所施設は意思疎通が困難な高齢者と長時間接しなくてはなりません。介助に抵抗されたり、罵声を浴びせられれば平常心でいることは困難です。業務の都合上、ストレスを与える人間といつも接しなくてはならないことが、「暴力には暴力で対抗」「説明してもダメなら暴力で征圧する」という行動に走らせているのでしょう。

介護は肉体労働のように言われていますが、自己のメンタルをコントロールしながら、カウンセリングやコーチングも行う頭脳労働でもあります。そうした事実を雇用する側も本人も気づいていないことに大きな問題があります。医療関係者に資格や職業倫理を求めるように、本来介護も間口を広げて誰でも採用すればよいという職業ではないのです。「来るもの拒まず」の採用では、玉石混淆となり、メンタルコントロールができずに虐待する者がいても不思議ではありません。国は10年以上のキャリアがある介護職員などに8万円の報酬を予定していますが、まったくナンセンスな話です。勤務年数より仕事ぶりを評価すべきなのです。

 

人材を選別する勇気が必要

「虐待はダメだ」と言っているだけでは、何も伝わりません。なぜ虐待を行ってはならないのか理由を明らかにしたうえで、虐待が発覚した時に解雇や逮捕など社会的信用を失うことを示してあげましょう。メンタルが極限に達している場合は、無理に続けさせず、休ませたり、退職を促したりする必要があります。深刻な人手不足により、どのような人も貴重な人材であることは間違いないですが、人の命を預かる場所であることを肝に銘じてください。

 

 

 

関連記事一覧